砂海亭〜side B〜

 
 


  月は間もなく西の果てに沈む・・・。


 窓から月明かりを眺めつつ、バルフレアは、寝入るアーシェの横顔を見つめていた。
 無防備なその表情は、触れることが許されないような、そんな神聖性さえ感じさせることがある。

 
 (寝入っていても、女王様、か・・・。)

 苦笑しつつ、再び薄明かりに包まれた夜空を見上げる。

 (あの日の夜もこんな感じだったか?)

 ふと、市街地を見て、旅路のことを思い出す。


 あれは、いつのことだったか・・・。
 そうだ、ブルオミシェイスで王統継承を否定され、帝都アルケイディスに向かった時だ――。


 ★★★


 俺たち六人は、アルケイディスを目指していた。
 ドラクロア研究所にあるであろう‘黄昏の破片’を目指して・・・、だ。


 空路も、海路も絶たれ、ひたすら陸路を移動していたため、疲労の回復も兼ね、ラバナスタに寄ったのである。
 一番反対していたのは、アーシェであった。

 「一刻も早くアルケイディスに向かうべきです!」

 悲壮な顔つきで訴えていたが、身体というものは正直である。
 歩くペースも、判断力も、全てが疲労のために衰えているのがよくわかる。
 それは、全員が同じことであった。
 反対があろうとなかろうと、しっかりと休息をとることが必要であると判断し、反対する王女を無視して、俺と将軍はラバナスタでの静養を決定した。


 幸い、ラバナスタは元々が交易都市ということもあり、見知らぬ他人が多く出入りする都市である。
 警備をするにも限界があった。
 そこで、俺たちは、東部の一角に宿をとり、他の商人や観光客に混じって鋭気を養うこととしたのだ。


 ヴァンやパンネロは、勝手知ったる土地ということもあり、すぐに街に飛び出して行った。
 将軍もフランも、買出しやら武具の整備等、己の立場を考えて行動を進めていく。
 俺も、これからの遠出を考え、買出し等をしておこうと考えて、砂海亭の前を通りかかったときに、偶然見かけたのがアーシェだったのである。


 遠めに見ても、妙な印象を持った。
 生気が失せたような――、その癖、彼女独特の強い雰囲気だけは出し続けている・・・。
 目立つような、目立たないような‘変わった女’という感じ。
 しかし、ふと横顔を見たとき、その意志の強そうな瞳から目が離せなくなったのだ。


 ***


 俺は、つい、声をかけてしまった。


 「あんた、こういう店には入ったことないんだろう。王女様も庶民の楽しみくらい知っておいたらどうだ?」


 言ってから、気がついた。
 まさか、ついて来るわけはない・・・。
 そう、思っていたら、一緒に店に入ってきた。

 意外に感じながら、二階の席に座る。


 店の入りは、まだ然程ではなく、人もまばらであった。
 自分でも、どうしてこんなことになったのか?と思いつつ、彼女を見た。

 アーシェは顔をこわばらせ、膝の上で手を組み、じっと視線を膝に落としている。


 (随分、肩に力が入ったことだ・・・。)

 己の正統性をどのように吹き込まれてきたかは知らないが、細い肩にどれだけのものを背負わされているのか。
 何もここまで、追い込む必要はあるまい・・・。
 誰かの肩に何かを背負わせることは誰にでもできる。
 しかし、乗せられた方は堪ったものではない。
 彼女の負担を、いったいどのくらいの人間が考慮したのであろうか。

 少し、不憫な気持ちも感じつつ、目の前の少女の本音も聞いてみたいという思いも出てきていた。


 「で、王女様は何を召し上がる?」
 軽口で声をかける。
 顔をあげたアーシェは、ぽかんとした表情をしていた。
 ‘何’の意味がわからなかったのかもしれない。


 「どうせ、ワインぐらいしか飲んだことないんじゃないのか?」
 予想どおり、アーシェは頷いていた。
 まあ、酒を選べる年齢ではないだろうが・・・。
 バロース酒を店員に頼む。
 悪くない酒だし、面白いことにもなりそうだ。

 
 ほどなく、店員が水の入ったピッチャーと茶色のボトルとグラスを4つ運んできた。
 
 「見たことあるか?」
 首をふるアーシェを横目に、ボトルの蓋をあけ、2つのグラスに半分程度酒を注ぐ。
 「これは、バロース酒っていう、多肉種の植物からつくった蒸留酒だ。ダルマスカの名産品だぜ、知らなかっただろう。」
 説明をしつつ、自分のグラスを飲み干した。
 相変わらずのきつい酒だ。
 舐めた瞬間は、すっと喉を通りつつ、たちまち舌と喉に焼きつくような痺れが起きる。
 うっかり一息に飲む量を誤れば、鼻の奥まで焼け付くような独特の感覚に襲われる。

 野趣あふれる味覚を楽しんでいるうちに、いつの間にか、アーシェも口をつけていた。


 「・・・!!・・・何これっ!」


 注意をする間もなく、咳き込むアーシェに、つい大笑いをしてしまった。
 初心者がチェイサーなしで、バロース酒を飲み干すのはきついだろう。

 水を渡すと、一気に飲み込んでいた。
 興奮した様子で詰め寄ってくる。


 「何を飲ませたのよ!喉は痛いし、口も痛いし!」


 こんな表情(かお)をするのか。
 とんだ、じゃじゃ馬娘かもしれない・・・。
 思わず、苦笑する。


 「いやあ、悪かった。これはこういう酒なのさ。庶民は、こういう効きが早くて、酔いやすい酒が好きなのさ。お気に召さなかったか?」
 何とか、笑いを堪えながら説明するも、渋々といった表情で彼女は席に戻った。
 戻るやいなや、再びバロース酒に手を伸ばしている。


 おいおい、俺の話を聞いていたのか?


 「あんまりとばさないほうがいいと思うぜ。」

 一応、助言はするが、人の話を聞いている様子がない。
 すました顔で、あらぬ方向をみながら、グラスに口をつけていた。

 「誘ったのはそちらでしょう?せっかくですから頂きます。」


 やれやれ。
 可愛げのない女だ。


 ***


 ボトルが半分程度になった頃には、店も随分賑わってきた。


 「何だか、みんな楽しそうですね・・・」

 目を細めて、二階席の手すりに両腕を乗せ、頬杖しながら階下を見ている様子は、妙な色気がある。
 つくづく、面白い女だ。
 あまりお目にかかったことのないタイプではある。


 「なあに、空元気さ。」

 塩をなめ、酒を飲みつつ答えた。 
 「表面でいくら面白おかしく繕ってても、誰でも何か抱えてるんじゃないのか?ヴァンやお嬢ちゃんだって、気楽そうに見えて、案外悩みはでかい。」


 うっかり、こちらも本音で答えると、即座に真顔で反応する。

 「誰でも悩みを持つのだから、気にするな・・・、と?」
 「いや、あんたとあいつらじゃ立場が違う。気にするな、なんて言えないさ。ただ、ああいう空元気を出すのも悪くない――ってことさ。あんた、店の前で、今にも死にそうな顔してたけど、今は随分生きた顔してるぜ?」
 「死にそうな顔・・・でしたか。」


 実際、飲んでリラックスした後は、それなりに可愛い顔も見せている。
 ‘普通’の女なら、さぞ幸せな暮らしを過ごせただろうに。


 「また、明日になれば、あんたは色々考えちまうんだろう。でも、四六時中真っ暗な顔をしてたら、いざって時に踏ん張りが利かないぜ。どんな時でもバランスが大事なんだ、やるときはやる、抜くときは抜く・・・さ。」
 「――そうですね。」


 何を言っても、真面目な返事だ。
 王女の立場に立つものは、このようにしか答えられないものなのだろうか。
 いずれ、壊れなければいいのだが・・・と、こちらの方が心配になってくる。


 ***


 結局、バロース酒のボトルは二本空けた(俺が一本半飲んだが)。
 アーシェはすっかり酔ってしまい、歩けるかどうかといった感じだ。

 (全く、厄介な王女様だ・・・。)

 仕方なく、背負って宿まで戻ることとする。


 「ラスラ・・・。」


 背後で儚げな声がした。
 肩の辺りにじんわりと熱さを感じる。


 ――泣いているのか?


 国のため、王統のため、世界のため・・・。
 色々な理由が、彼女を押しつぶそうとしている一方で、彼女自身を支えているのは、死んだ彼女の夫なのだろうか?
 もう、二度と現れるはずのない夫。
 適うはずのない願望に、その身を捧げる彼女に、同情と言うよりは、むしろ苛立ちを感じていた。



 ***



 宿に戻り、部屋の寝床に彼女を横たえる。
 少し意識が朦朧としている様子だ・・・。
 飲みすぎたようなので、脱水症状にならないよう、水差しとグラスを用意するが、とても自力で飲みそうな気配はない。


 「おい、少しは水を飲め。」
 グラスに水を注ぎ、口元にあてるが、一向に飲む様子がみられない。
 仕方がないので、自分で口に水を含み、彼女の口に直接水を注ぎ込む。
 喉が動き、少しは飲んでいるようだ。

 ふと、顔を見ると、目元から一筋涙が流れ出ていた。


 (夫を思い出しているのだろうか・・・。)


 誰でもいい。
 すがりつけるような相手を、ただ夢の中で抱きしめていればいい。
 朝になれば、それはまた消えていくのだから・・・。


 何とかグラス二杯分程度の水を飲ませる。
 再び、深い眠りについたアーシェを見つつ、バルフレアは部屋を出て行った。


 (眠る間だけでも、幸せならいいのだが・・・。)


 ★★★


 今、目の前で眠りについているアーシェの顔は、どことなく安堵感に包まれた、優しげな表情である。


 (何を好き好んで、お前は俺を選んだ?)

 寝床のアーシェの髪を撫でながら、彼女を見つめる。
 
 アーシェは寝返りを打つと、左手が何かを探している。
 バルフレアが右手をその手に近づけると、軽く握ってきた。

 

 ――約束しよう。

 ――俺は、お前より、一分でも一秒でも後から死ぬ。
    お前を残すことはしまい。



 失うことの苦しみを、誰よりも味わってきたであろう彼女にできる唯一のこと・・・。


 沈みかけの月を見ながら、バルフレアは彼女の手をただ握り締めていた。








 =END=


 

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